EACの活動履歴

主な活動履歴

EAC発足当時からの主な活動履歴です
1992

EAC準備委員会の設立。環境キャラクター“Ken & Tess”のコンセプトづくりをスタート。キャラクターアーティストを上田三根子氏に決定、完成させる。来日中の米国歌手マイケル・ジャクソン氏より、古賀賢治がアートワークの依頼を受け、11日間さまざまな意見を交換する。また、同氏に“Symbol of Peace”のシルクスクリーン3点および“Ken & Tess”のプロモーションビデオを寄贈する。

EAC準備委員会の設立
1993

3月/ニューヨーク在住のロビーストでもあり社交界でも著名なグロリア・S・キンス女史宅で、ニューヨークリンク誌社長エリック・L・ウィン氏をはじめ、各国大使館、実業界、社交界、さらに国連のディレクター諸氏と交流する。

4月/ニューヨークのアートディレクターズクラブギャラリーにて「KENJI KOGA」個展を開催。

アートディレクターズクラブギャラリー

5月/ニューヨークのミューチュアル保険会社本社ギャラリーにて、同個展を開催する。同月、ニューヨーク国連本部にて、“Symbol of Peace”の原画2点、シルクスクリーン6点の永久保存特別レセプションが開催される。アートディレクターズクラブ会長ミルトン・グレイザー氏が同席する。席上、国連郵便管理局長より、国連郵政部主催「国際防災の10年」の記念切手デザイン世界コンペの参加を認められる。

7月/「国際防災の10年」の作品を提出し、国連切手デザイン委員会の決定を経て選出される。

8月/株式会社全日空商事より、「KENJI KOGAコレクション」が発表される。その全デザインライセンス料を、公益財団法人日本ユニセフ協会に寄付する。

12月/伊勢丹デパートにて、EACのアートワークス展を開催。売り上げの一部を(財)日本ユニセフ協会に寄付する。

1994

1月/国連ジュネーブ事務局より、「国連防災世界会議」用ポスター(英語圏・仏語圏・露語圏・独語圏・中国語圏・スペイン語圏)の依頼を受け、制作を行う。

2月/日本国土庁より、「国連防災世界会議」国内使用ポスターの依頼を受け、制作を行う。

5月/日本初の国連会議「自然災害軽減世界会議」(横浜)に特別出展する。席上、日本郵政省および国連郵便管理局とで古賀賢治制作「国際防災の10年」記念切手の世界同時発行が発表され、スピーチを行う。ニューヨーク国連本部、国連ウィーン事務局、国連ジュネーブ事務局より約600万枚が発行、販売される。

「国連防災世界会議」国内使用ポスター

6月/銀座ミキモトホールにて、U.S.A-JAPAN E.A.C.のアートワークス展を開催するとともに、アースアクセス委員会の理念を広くアピールする。 アースアクセス委員会および(財)日本国際連合協会から記念切手販売が開始される。売り上げはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に寄付される。

1995

月/ニューヨーク在住ミュージシャンの呼びかけで、「阪神大震災ベネフィット(慈善)CD」の制作を開始する。プロデュース、協賛企業への呼びかけ、アートディレクションアートワークを協力する。参加ミュージシャンはハービー・ハンコック、ディーブ・ホランド、パット・メセニー、キース・ジャレット、ジャック・ディジョネット、坂本龍一、その他総勢27名。

4月/「第4回国際イルカ・クジラ会議」に作品を出展。

5月/ニューヨーク国連本部にて、人道問題担当事務次長、前「自然災害軽減世界会議」議長のピーター・ハンセン氏と会合する。

6月/阪神大震災ベネフィットCDの意を汲んだ「ワールドミュージック フェスティバル'95」チャリティコンサートを阪神地域で開催することに向けて、企画をスタートさせる。並行して、企業協賛、個人協賛を新聞・雑誌を通して全国に呼びかけ。

8月/阪神大震災ベネフィット 2枚組CD「レインボー・ロータス」が、日本ポリドールより発表される。

「国連防災世界会議」国内使用ポスター

9月/オノ・ヨーコ氏、湯川レイコ各氏と会合。両氏より「ワールドミュージック フェスティバル'95」賛同のメッセージを受理する。同月、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)へ同月までの全ての売り上げを寄付する。東京都港区南麻布に、EACのサロン的役割を果たす目的で、レストラン“オフ フィフス アベニュー”の空間を古賀賢治がプロデュース・デザインしオープンさせる。

10月/阪神大震災で被災された高校生や大学生ら、約6,000名を無料招待した「ワールドミュージック フェスティバル'95」を多くの協力を得て開催。世界より約50名のミュージシャンを招へい。

11月/EACのこれまでの活動に対して、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)駐日代表より、感謝状が送られる。

1996

2月/「第1回下関市新水族館設立委員会」が開催される。同時に下関市長より、正式な委任状が渡される。

3月/株式会社オリエントコーポレーション社による社会貢献カードとして、Orico「E.A.C.カード」が立案される。

10月/世界JAZZピアニスト、ハービー・ハンコック夫妻来訪。「ワールドミュージック フェスティバル'95」のお礼を述べる。

11月/ニューヨークにて、故ロバート・ケネディ氏の長男で、現アメリカ合衆国保健福祉長官ロバート・F・ケネディJr氏宅を訪ねる。当時氏はペース大学の環境訴訟問題の教授をしており、21世紀に向けたアースアクセス委員会の協議委員としての活動を行うことを約束。

12月/ニューヨークにて「日本国国連加盟40周年記念式典」へ出席。国連全権大使 小和田夫妻(皇后陛下のご両親であられる小和田恒様ならびに 小和田優美子様)との会合。

1997

1月/オリエントコーポレーション社とVISA・JCB・マスターとの提携による三種の「E.A.C.社会貢献カード」が発行される。

5月/ニューヨークにて「アースアクセス委員会米国財団」発足。

6月/世界の恵まれない子供達へのチャリティコンサートとして、英国ロスチャイルド家シャルロッテ・ド・ロスチャイルド女史によるソプラノソロコンサートを主催。収益金を日本のユニセフへ寄付。

7月/大阪キリンビール社にて、アースアクセス委員会活動の紹介をかねた講演を行う。

10月/銀座マリオン地下街約50mのウィンドウディスプレイをUNHCRが提供され、アートディレクション・デザインワークをEAC.が担当する。

11月/信越ポリマー株式会社による特別制作協賛、その他多くの協賛を得て、EACオリジナル制作による「国連難民救済募金箱」を5,000個を制作。製作披露会をUNHCR東京事務所で行う。市民レベルで国連関連機関の募金箱を制作および運営するのは世界では初めて。1998年より毎年、年2回国連に寄贈。

1998

2月/「第一回アースアクセス委員会環境セッション」開催。故ロバート・ケネディ司法官の子息ロバート・ケネディJr.氏 日本招聘。

3月/ロバート・ケネディJr.氏、アメリカ最大の環境NGO“NRDC”とともに、メキシコ・サンイグナシオ環礁での野生動物救済キャンペーンへの参加。

第一回アースアクセス委員会環境セッション
2000

4月/ニューヨークにおいて 成果発表キャンペーン協力。

5月/ユネスコ主催「世界水会議2000」でのアジア代表スピーチ参加。

12月/日本に招聘したいミュージシャンとして、いつも筆頭に上がってきたマックス・ローチ。UNHCRの50年に及ぶ世界の難民救済の活動に敬意を称し、待望の来日が実現。21世紀を迎えるわたしたちが、難民問題への解決のためにもっと積極的に協力できることを、世界最高のモダン・ジャズ・ドラミング、マックス・ローチを通し、強く意識できることを願った。また、本企画に賛同して頂いた日本のジャズミュージシャンの方々が当日特別出演。本コンサートによる収益金は、UNHCRを通じ、世界の難民の救済に充てられる 。